帰国したタイの変な日本人

バービアを愛した中年デブの元タイ沈没者がタイを想ってタイを舞台にした小説のようなものを書いてます。

腹上死して生まれ変わってタイ人に93話

 
「酒井常務。急なお話ですみませんがアットがこれからそちらに向かいます。 目的はよくわかりませんが・・・」


「わかった。 部下には最優先で彼に協力するよう徹底させる。」

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第93話 トラブルを防げ!
 
 
 
2004年6月。
千葉工場でトラブルの匂いがするという俺の突拍子も無い言葉を全面的に信じた村上技術部長の後押しで、俺は期間未定で千葉工場に出張することになった。

実際にトラブルが発生するのはこの時期だと思うが、正確な日付は覚えていない。発生しなかったら・・・どうしよう。


今回発生するトラブルは納品先の間違い。
同時期に完成する2つの機械を間違った納品先に送ってしまい、その間違いに気づかずそのまま間違った場所で機械を組み立てて試運転までしてしまう事。
 
 
試運転の段階で間違いに気付いてからお客様に平謝りしながら組み立てた機械をばらそうとする。

しかし機械を持ち運んだ経路を塞ぐように別のメーカーから納品された別の機械の組み立てが始まっていた。
 
別メーカーの機械の組立作業が障害となって持ち出しが出来ない。

前年の光電子ショックの影響で危機感にあふれていた会社の幹部や本社からの応援が現場に集合し、多くの人が入り乱れて怒号の飛び交う現場は阿鼻叫喚の地獄絵図のような状態になったらしい。
 

それでも夜を徹した作業の結果、翌朝には機械の解体搬出が完了。
翌日から狭い通路を使って本来納入するはずの機械を予定より細かく分解した部品を人海戦術で持ち込んで丸一日かけて組立が終わった。

幸いにも鬼気迫る対応のおかげで、お客様からのペナルティーは無かった。
48時間全く寝ないで作業し続けた多くのスタッフ。
 
同じ工場で機械の納品組立作業を行う同業他社からこの噂が広がり業界でも嘲笑と称賛を受けた不祥事であった。

 
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千葉工場に到着した俺を総務の人が玄関で待っていてくれた。
到着時間を伝えてはいなかったはずだが・・・この人はヒマだったのだろうか。

すぐに小さな会議室に通され、妙に恭しく書面が渡された。



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工場長命令


(甲)常務取締役千葉工場長 酒井 進 は
(乙)アッタポン シーチャッカーン 技術部主任 に対して

無期限にて以下の許可を与える。
 

◎すべての場所への立ち入り
◎すべての会議への参加および発言
◎第三小会議室の使用
◎全従業員の業務用コンピューターのデータ閲覧
 
 
尚、(乙)の行動を妨げる行為もしくは言動に対して戒告処分をもって臨むものとする。


2004年6月

常務取締役千葉工場長 酒井 進


◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 
 
何だこの過剰な対応と特別待遇は?
村上部長は酒井工場長に何を言ったのだろう。

これで何も問題が発生しなかったら俺はクビになるかもしれない。
日本でクビになったらタイでまた雇ってもらえるだろうか・・・。


俺は納品間違いの発生する案件を特定して出荷日に間違いを指摘するだけなのに。


「何か要望がありましたら私にお知らせください」


妙にハードルを上げられたことに戸惑うアットであった。
今回の俺との窓口を担当してくれる総務の人に機械の製作工程を持ってきてもらうようにお願いした。

 
いま千葉工場で手掛けているすべての機械の製造状況、納品予定を網羅した製作工程を見る。
 
納品先の会社名が似ていて納期がほぼ同じの案件を見つけ、これが納品間違いを起こすであろう案件だと特定できた。
 

出荷予定日は2週間後。
絶妙のタイミングではあった。
しかし・・・納品する前日まで間違いは発生しないので、はっきり言って2週間ヒマだ。

ヒマな2週間は、毎朝工場全体の朝礼に出て、それから問題の発生する案件の機械の製作状況を確認してから9:30には小会議室に戻っていた。
 
技術部に転属になる前の4か月間はここで勤務していたので顔見知りは多いが、部外者でしかもタイ人の俺が現場にずっといると周囲の目が気になる。

与えられた小会議室にずっと居ても暇なので、パソコンゲームで夕方まで暇をつぶしてから帰宅する。

ゲームをしていると掃除のおばちゃんがコーヒーと茶菓子を持ってきてくれる。
堂々と会議室でゲームをする俺に、おばちゃんは何も言わない。

 
そんな俺に工場長をはじめ工場の人は誰も何も言ってこない。
なので3日目からは、昼前には帰宅するようになった。

快適だが、何も問題が発生しなかったらどうしよう。

 
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問題の機械が出荷される日が来た。
積み込みの状況を見ていた俺は梱包が終わって出荷トラックに載せる直前に作業を停止させた。
 

「何するんだ!勝手なことをするな!」
 

俺の事を知らない物流担当者が咎める。


「すみませんが積み込んだ機械の中身と行き先を確認してください。」


「確認する必要などあるか! 今日中に発送しないと間に合わないんだぞ!」
 
 
出荷する製品前に立って作業を止める俺を怒鳴る出荷担当者。
そのやり取りを聞いた周囲の社員達が集まってきた。

俺は怯まずに集まって来た社員たちに、綺麗に木箱の中に梱包された機械の中身と納品先をチェックするように指示した。
 
 
「ほら!ちゃんとタグと発送先はあってるだろ!」
 
 
確かに機械に付けられたタグと発送先は一致していたが、機械自体を取り違えているはずだ。
アウェイな雰囲気だったが俺は製作担当者を呼んで機械を確認させると間違いが判明した。
 
製作工程の早い段階で納入先名を間違えたまま製作を進めていたらしい。
恐らくいくつもの偶然が重なりあって発覚しないまま製作完了まで行ったと思う。


「すぐにすべての機械と部品を点検した上で再出荷を急いでください。」


それだけ指示して俺は小会議室に戻った。
その後の再梱包と出荷を見届けて俺の仕事は終わった。
 

良かった。間違っていてくれて。